Nanchitteの日記

アラサーオタク、海外にボランティアへ行く。

支援ってなんなんだ。

アフリカに来てボランティアなるものに従事しているわけだけど、

いつも思う。支援ってなんぞや???

私の活動先には椅子も机もない。

まぁ、これは子どもたちも椅子・机の使い方に慣れていないし

なくてもなんとかなっているから全然OKだと思う。

逆に、あっても使い方が悪くてボロボロだったり

ちゃんと座れない、乱暴する場合もあるみたいだし

なくても大きな問題ではない。(と思う。)

紙も電気もない学校で持続可能な活動を見つけることが私のすべきことだと思っている。

難しいけどね。

 

でも実際問題、教科書やノートは1人1人あった方がいいと思うし

電気があればプリンターが使えるし、

プリンターと紙があれば、問題をいちいち黒板に書かなくていい

子どもたちが黒板の文字を写し間違うこともない。

そうなると、電気の普及させることが1番必要な支援なんじゃないかなって思う。

でもそれだと私がここにきている意味がないし、

電気を普及させるのはきっと求められていない。

 

教育の発展のためにきているわけだけど、発展させる必要ある?と思っちゃう。

この国は発展を本当に望んでいるのか?

子どもたちの9割は農業従事者になるし、

みんな他の職業になりたい。とか農家になりたくない。と思ってないのに

私が他の職業紹介して、勉強させて…余計なお世話じゃない?

今でも十分幸せなのに、

誰かが決めた豊かな生活基準を達成目標にされて、どうなんだろう。

 

あと、学校には海外から寄付されたタブレットがかなりの台数ある。

でも使われていない。学校に電気通っていないからね。使えないよね。

これって支援なの??

 

子どもたちの将来の可能性を少しでも広げたい。

いい影響を与えたいと思ってきてるわけだけど、

すごく悩む。私ができることとは?彼らが望むこととは?

幸せって何?

悩む~~~はげる~~~~

日本帰りて~~~~~~

 

こうやって悩んだことを、日本に伝えるのが1番いいかもしれない。

うん。そうだ。そういうことにしよう。

勝手に途上国とか言われているけど、

彼らは彼らの生活があって、数字でみると貧困といわれてしまうけど

実際はなければないなりにしっかりと生きていて、

幸せなんだよってことを伝えていこう。

確かに物はないかもしれない。平均寿命が短いかもしれない。

でも物をもって長生きしたって幸せとは限らないからね。

やーれやれ。早く寝よ。